2010年12月24日

時間という概念は主観的なものだ。

しかし実はそこには様々な次元が存在していて、

その主観性を分け与えているのではないかとさえ考えられる。

反実仮想。

本来は何も無い日であった昨日が、別の次元の自分が過ごす短い一日の短くなった分を受け取っているのではないか。

相対性。

「熱いストーブの上に一分間手を載せてみてください。まるで一時間ぐらいに感じられるでしょう。ところがかわいい女の子と一緒に一時間座っていても、一分間ぐらいにしか感じられない。それが相対性というものです。」

かつて相対性理論を提唱したアインシュタインが言った言葉。

人は相対性の中に生きる。

それは人間の神経がそういう風に出来ているからだけれども、

それは残酷すぎる。

人は時間を上手に過ごせないのだ。

人にとっての時間は有限であり、相対性を持つ。

反実仮想。

もしアインシュタインの言葉が逆だったら。

そう、所詮反実。

人間は与えられた時の中をさらに制約を自ら与えた上で生きていかなければならない。

その分犠牲にしなくてはならないことが増えてくる。

いかに相対性と向かい合うか、犠牲は少ない方がいい。


sch_uta at 09:00│Comments(0) 

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