2010年12月16日

回顧録(1) 1月〜3月 休学の終わりに

まだ北米、バンクーバーにいた頃。
そう、実家で過ごさない始めての年越し。
新年だからといって特別なことはしない。
そりゃ年が変わる瞬間は騒いだが。
遠く離れた地での新年、あと少ししかないそこでの生活に何を思っていたのか。
そう、その前の月に学校を卒業し、インターン受け入れ先を探すことに焦っていた。
探していたのは主に貿易会社、マーケティング会社。
しかし年末年始の企業の忙しさにタイミングを完全に逸し、
インターン先として派遣されたのは正社員がたった3人の小さな不動産イベント企画会社だった。
まさに雑用。社長は韓国系カナディアン。
普段は大変良くしてくれたのだが、仕事の単純さ、データインプットに嫌気がさすものだった。
結局それは2か月で辞めて、日本語教師ボランティアに専念した。
他に専念していたと言えばゴスペル。
日本人コミュニティがメインの集まりで、ほぼ全員がノンクリスチャン。
もちろん僕も含めてだ。
ただ最初は知り合いに紹介されて参加しただけだったけれども、そうあれはクリスマスシーズンに行われたライブ。
元々その為に結成されたようなものだが200人以上の観客を目の前にそれまでの練習の成果を見せ、ほとんどの人が悦に浸った。
そのグループは僕がいなくなった今でも続いてる。
老人ホームなど施設での活動を続けているようだ。
そして4年に一度の祭典。
最初は興味が無かったけれども、街のムードはそれ一色。
帰国間際で本当にお金が無かった。
だけど親に何とか言ってチケットをゲットした。
街中ではイベントが常に行われていた。
ビルとビルとをワイヤーでつないで滑り落ちるアトラクション。
八時間並んだ。
メダルが触れる展示会3時間並んだ。
大会記念電車これもまた1時間近く並んだ。
でも今となっては待ってたのもいい思い出。
先に書いた通りそのとき僕は日本語教師としてマンツーマンでボランティアしていた。
それがまた面白い。
日本語のレベルは多種多様。
1時間ずっと日本語で会話を通せる人から、日本人の女の子がタイプだから口説き文句を教えてくれとか色んな奴に出会った。
その中で年が近いものどうし、よくつるむようになる。
最後あたりは特に日本人とのハーフと韓国系の大学生とつるんでいた。
彼らはとてもカラオケが好きで、よく行ったものだ。
彼らの友だちでその街でインディーズ歌手をやってる子とカラオケに行った。
そのうまさに始めて歌を聴いて鳥肌が立った。
今では彼女も日本に留学し、プロを目指して活動しているそうだ。
そんなこんなであっという間にすぎていった2ヶ月。
インターンしている最中に既につくばでの新居を決めていた。
もちろん帰るのは嫌だった。
もっとモラトリアムに浸っていたかった。
でも戻らなければいけない。
与えられた猶予は終わりだった。
今でさえもモラトリアムだが、また別の猶予だった。
3月19日帰国。
あれからもう9ヶ月。
沢山の出会い、別れがあった。濃い11ヶ月。
ここでは全て書けない、そんな2010年1月から3月。
みんな今頃なにしてんだろ。たまには声掛けてみようかな。

sch_uta at 17:13│Comments(0) 

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