2010年12月

2010年12月27日

SJ

自分に足りないもの。

いっぱい見つけられる。

それは他人を通してじゃないとわからない。

客観性はすごく大事。

自分のこと一番知ってるのは自分かもしれないけれども

否定的な部分を受け入れる時には他人を通してじゃなきゃ出来ない。

自分の思いをいかに伝えるか。

どもりは禁物。

どもることイコール考えてない。

正直に言う。

言うことでどんな答えが返ってくるか。

そして言うことで自分にいかにその思いを刻み込ませるか。

考える。考えろ。



sch_uta at 23:52|PermalinkComments(0) 

2010年12月25日

10年後



この曲をこんなに聴くのも今日でおしまい。

10年後今日という日はきっといい思い出。

もちろん今日は最高だった。

sch_uta at 02:51|PermalinkComments(0) 

2010年12月24日

時間という概念は主観的なものだ。

しかし実はそこには様々な次元が存在していて、

その主観性を分け与えているのではないかとさえ考えられる。

反実仮想。

本来は何も無い日であった昨日が、別の次元の自分が過ごす短い一日の短くなった分を受け取っているのではないか。

相対性。

「熱いストーブの上に一分間手を載せてみてください。まるで一時間ぐらいに感じられるでしょう。ところがかわいい女の子と一緒に一時間座っていても、一分間ぐらいにしか感じられない。それが相対性というものです。」

かつて相対性理論を提唱したアインシュタインが言った言葉。

人は相対性の中に生きる。

それは人間の神経がそういう風に出来ているからだけれども、

それは残酷すぎる。

人は時間を上手に過ごせないのだ。

人にとっての時間は有限であり、相対性を持つ。

反実仮想。

もしアインシュタインの言葉が逆だったら。

そう、所詮反実。

人間は与えられた時の中をさらに制約を自ら与えた上で生きていかなければならない。

その分犠牲にしなくてはならないことが増えてくる。

いかに相対性と向かい合うか、犠牲は少ない方がいい。


sch_uta at 09:00|PermalinkComments(0) 

2010年12月20日

Finder

人は忘れる。

いや、本当は忘れられない。

ちょっと脳の奥の方に行ってしまうだけ。

だからこそ記憶の出来る眼が欲しい。

眼に近い眼を。

現実だけを見なければいけない眼にはしばしの休息を。

あの景色、あの表情、すべての存在にはphotogenicな瞬間は存在する。

それはほんの一瞬。

それを出来るだけつかみ取ることが出来たら、この世界はもっと綺麗に見えるんじゃないか。

sch_uta at 14:32|PermalinkComments(0) 

2010年12月19日

回顧録(2) 4月〜6月 帰国、再会

またこの街に戻ってきた。11ヶ月ぶり。
街は少しずつ変わるものだ、たとえ1年経たなくても。
見慣れた店、バスターミナル、どこかしらが変化していた。
昔青かった部屋は今では白くなり、一種の切なさを感じる。

日本は寒い。
帰国早々日々労働に身を投じたというのもあるが、寒さで風邪をひいてしまった。
1週間経たないうちに。
遠い国からの客人にも十分な出迎えをしてやれなかった。
お世話になった先輩方へのイベントにちゃんと参加出来なかった。

友人達との再会。
それは感動の再会というよりはあっさりしていた。
でもそっちの方が僕ららしかった。
友人というのはそうあるべきであると思う。
再会して、お前懐かしいな。ではなく、そいつとの思い出が懐かしいのだ。
人は繋がっているものだし、よう久しぶり!っていうだけのほうが居心地がいいんだ。
でもやっぱり見知ったメンバーで飲む酒はうまい。

そして大学に戻る。
前と同じように授業を選ぶ。
そこには前と同じようにそれに対して関心の無い自分がいる。
研究室に入る。統計分析。
唯一関心ある学問は経済だったが、その時点で自分の入りたいところは無かった。
でも今の先生は比較的自由にやらせてくれる、そういう理由で選んだ。
メンバーは仲のいい人間ばっかりでゼミの時間は毎週楽しかった。

労働。
春休み期間中もそして4月以降も前やっていた短期のバイト、固定バイトに戻ることとなった。
僕がいない間に去った人も多かった。
前と同じ人たちが、それなりにいてくれたのは救い。
なんだかんだすんなり元に戻れたのではないか。

テスト期間もなんとか乗り越え、再び羽を伸ばせる夏休みを迎える。

sch_uta at 11:21|PermalinkComments(0) 

2010年12月18日

追い追われ

何を追い、何に追われる。

追うものを失い、追われるものに喰われるか。

そもそも追っていたのは一体何だった。安息の地だったのか。

今自分に押し寄せる壁、壁、壁。そいつらから逃げるのはもうやめた。

今は向かい合う。蹴飛ばす。打ち砕く。

壁の向こうにこそ安息の地。

得たいモノは自分を追うモノの後ろにいるのだ。

追っていてはたどり着けない。

今はまだ感じるだけでいい。

sch_uta at 13:40|PermalinkComments(0) 

2010年12月16日

回顧録(1) 1月〜3月 休学の終わりに

まだ北米、バンクーバーにいた頃。
そう、実家で過ごさない始めての年越し。
新年だからといって特別なことはしない。
そりゃ年が変わる瞬間は騒いだが。
遠く離れた地での新年、あと少ししかないそこでの生活に何を思っていたのか。
そう、その前の月に学校を卒業し、インターン受け入れ先を探すことに焦っていた。
探していたのは主に貿易会社、マーケティング会社。
しかし年末年始の企業の忙しさにタイミングを完全に逸し、
インターン先として派遣されたのは正社員がたった3人の小さな不動産イベント企画会社だった。
まさに雑用。社長は韓国系カナディアン。
普段は大変良くしてくれたのだが、仕事の単純さ、データインプットに嫌気がさすものだった。
結局それは2か月で辞めて、日本語教師ボランティアに専念した。
他に専念していたと言えばゴスペル。
日本人コミュニティがメインの集まりで、ほぼ全員がノンクリスチャン。
もちろん僕も含めてだ。
ただ最初は知り合いに紹介されて参加しただけだったけれども、そうあれはクリスマスシーズンに行われたライブ。
元々その為に結成されたようなものだが200人以上の観客を目の前にそれまでの練習の成果を見せ、ほとんどの人が悦に浸った。
そのグループは僕がいなくなった今でも続いてる。
老人ホームなど施設での活動を続けているようだ。
そして4年に一度の祭典。
最初は興味が無かったけれども、街のムードはそれ一色。
帰国間際で本当にお金が無かった。
だけど親に何とか言ってチケットをゲットした。
街中ではイベントが常に行われていた。
ビルとビルとをワイヤーでつないで滑り落ちるアトラクション。
八時間並んだ。
メダルが触れる展示会3時間並んだ。
大会記念電車これもまた1時間近く並んだ。
でも今となっては待ってたのもいい思い出。
先に書いた通りそのとき僕は日本語教師としてマンツーマンでボランティアしていた。
それがまた面白い。
日本語のレベルは多種多様。
1時間ずっと日本語で会話を通せる人から、日本人の女の子がタイプだから口説き文句を教えてくれとか色んな奴に出会った。
その中で年が近いものどうし、よくつるむようになる。
最後あたりは特に日本人とのハーフと韓国系の大学生とつるんでいた。
彼らはとてもカラオケが好きで、よく行ったものだ。
彼らの友だちでその街でインディーズ歌手をやってる子とカラオケに行った。
そのうまさに始めて歌を聴いて鳥肌が立った。
今では彼女も日本に留学し、プロを目指して活動しているそうだ。
そんなこんなであっという間にすぎていった2ヶ月。
インターンしている最中に既につくばでの新居を決めていた。
もちろん帰るのは嫌だった。
もっとモラトリアムに浸っていたかった。
でも戻らなければいけない。
与えられた猶予は終わりだった。
今でさえもモラトリアムだが、また別の猶予だった。
3月19日帰国。
あれからもう9ヶ月。
沢山の出会い、別れがあった。濃い11ヶ月。
ここでは全て書けない、そんな2010年1月から3月。
みんな今頃なにしてんだろ。たまには声掛けてみようかな。

sch_uta at 17:13|PermalinkComments(0) 

2010年12月04日

さらに西へ

西は岡山、広島に出向く。

久しぶりの旅。

足の痛みは限界を超えていた。



贅沢なひと時。

特にそう思ったのは電車の中。

太陽に照らされ、うとうと。

過ぎ去る山並み、紅葉。

お気に入りの音楽を聴く。

のんびりとした時間。



行くところは修学旅行のようなもの。

でもいい場所はいい。


閑谷学校

トンネルをくぐると見えてくる。

まさに人里離れた静かな場所。

江戸時代の子供がここで勉学、武道に励む。


原爆ドーム

鳥肌。

記念館。

祖父に戦時中の話をひたすら聞かされていたから、

その背景知識がさらに感情を加速させる。



食も中枢神経を満たす。

ついこぼれてしまう笑顔。

本能を介しての笑顔。



やっぱり旅はいい。







sch_uta at 17:05|PermalinkComments(0) 
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