2011年02月21日

旅希望

最近文章を書く事に充実しすぎて書いてなかった。

でもあんなの全然俺を映す鏡ではない。

そう、旅がしたい。

自分にとっての旅って何だろう。

自分の中の定義としては

・1人である。
・とにかく自由に歩く。
・自分探しではなく、所属からの逃避。

1人でなくては意味がない。

これはいわゆる娯楽ではない。

2人以上は自分の中では単なる娯楽の旅行。

1人でなくてはいけない理由は3番目の所属からの逃避。

周りの環境、周りの人間、やらなければならない事からの脱出。

言葉が難しい。逃避ではないんだ、実際。逃げではない。

逃げる事は出来ない。

逃げるってことはもう帰って来ないという事。

今の環境を捨て全く新しいところで新しい人生を始めるという事。

もっとなんて言うか一時的な休憩としての意味。

本当に1人になれる瞬間を得る事。

昔からそうだった。

小学生のときから、土日はとにかく朝から自転車を走らせ、目的地もなくとにかく出かけた。

今はお金もある。すこし足をのばせる。羽ものばせる。

来月には行けるかな?

贅沢は言えない。一日で十分な気がする。

新しい相棒と1冊の本を持ってバスに乗り込むんだ。

sch_uta at 00:54|PermalinkComments(0) 

2011年01月30日

人生最大の敵、それは退屈。

まさに今その敵が自分を包む。

退屈。

しなければいけない事はある。

でもそれは退屈しのぎではない。

友だちと遊ぶ事、どこか昔の自分とは違う。

一日中ゲームする、映画見る。

気晴らしでしかない。

退屈。

そんな時にはどっかに行くんだ。

誰も自分を知らないところへ。

でもそんな余裕はない。

だから退屈なんだ。

いつまで続くんだろ。

退屈に退屈し始めたらもうダメなのかも。

sch_uta at 12:01|PermalinkComments(0) 

2011年01月24日

仮面

外界とシャットダウンすると仮面をつけなくてすむ。

もう疲れ始めてたんだ。よくあること。

またつけなくてはならないと思うとうんざりもする。

品定め。

理解。

それの繰り返し。

遠くに行けると思っていたあの頃が、今どれだけ魅力的な事だろう。

目の前に何も無ければ、またどこかに飛んでいけるのに。

一つの場所に居続けるのは正直好きではない。

一つの場所に所属する事も。

枠があるという事が好きではない。

もし、明日からの予定が白紙だったら?

少なくとも、消え去っている。

何も残さず。

戻ってくるかって?

そんなことは知ったこっちゃないんだ。

sch_uta at 22:22|PermalinkComments(0) 

2011年01月12日

変哲

世間的には何の変哲も無い日。

自分にとっても何の変哲も無い日。

2011年のこの日に自分が何かした訳では全くない。

でも周りはそれを変えてくれる。

ビール味のチョコレート、AKBのガイドブック、メッセージカード、色紙。

形のあるものを授けてくれた。

たかが1歳年をとるってだけじゃないか?

そんな事考えていたけれども、実際はそうじゃない。

それだけ人と出会って、これからも出会い続けていく。

それはある意味での区切り。

人とさえ繋がっていられたら、いつだって何の変哲も無い日なんかじゃない。

その分たくさんありがとうって言える。

たくさん笑い合える。

もう既に数日経ってしまったけれども、そんな事は別にどーだっていい。

とりあえず感謝。いい数日だった。



sch_uta at 13:13|PermalinkComments(0) 

2011年01月08日

最終日

imma change into what i was, that is called a optimist.

it's become meaningless to think everything over, i'm just sick and tired of it.

havent been thinking of what i will do and what i am supposed to be for long.

now it's time to think about it.

i am getting old enough to do so.

of course, it's hard for people to change his or her nature.

i need more time, but i have to.



yesterday, i was exhausted physically and mentally.

there was nothing driving me to do anything.

there was no one i wanted to see.

i just wanted to do nothing.

so i went to bed like 7 pm, which is too early for everyone.

but i didnt wanna stay up.

need to feel relaxing.

as of tomorrow, imma change, hopefully.




sch_uta at 09:34|PermalinkComments(0)

2011年01月06日

プロジェクトは進む

大学にいるであろうこの5年間の中でもっとも自分が最高にしかけるエンターテイメントが近づいている。

人をうまく動かし、人を楽しませ、感動させる。

人が喜んでくれるのはすごい好き。

そういう人間なんだろう、うちの人間は。

そういうのは脈々と受け継がれる。

誰であれ、喜ばすのは好きだ。

その為には考える。

もちろん自分の好きな要素を取り込む。

それを共有して楽しめた時に初めて成功する。

時間は限られているのはもちろん、他にやらなきゃいけない事が沢山。

振り返ってみて必要ない事はとりあえず今はおいとく。

システムさえ活用すればうまく回っていく。

今なら出来そうな気がする。

高校時代も同じようなチャンスが巡ってきたが、

あれは自分で楽しんでいるだけだった。

結果的に楽しめてもらえたのは助かったが、振り返ってみると

もっとちゃんと出来る事はあったに違いない。

完全に優先していたものだけに熱中していた。

他にも熱中すべきものがあったけれども。

でも今度は違う。

幸いにも同志が沢山いてくれている。

自分がふらーっと1つの事に熱中する訳にはいかない。

率いる人間としてこれを成功させる為に必要な事、全部に焦点を合わせる。




sch_uta at 19:46|PermalinkComments(0) 

2011年01月04日

明ける

年が明けてすでに4日。

少しだけの休息。少しだけの労働。

またこうしてこの場所にいる。

今年は一般的には大切な年だろう。

少なくともそうでなくてはならない。

でもそんな切羽詰まるようなことは考えたくない。

この一年だけで決めたらあとがつまらないかもしれない。

将来的な事柄での大切な1年というより、

とりあえず今までのどんな1年よりも楽しい1年にしなくちゃならない。

そういう意味での大切な1年になりますように。

来年以降はもうモラトリアムは終わるんだ。

どのような形であれ。

だから同じ最後のモラトリアムを過ごす大切な人たちと沢山笑って過ごせるように。

そんな1年にしよう。

sch_uta at 14:22|PermalinkComments(0) 

2010年12月27日

SJ

自分に足りないもの。

いっぱい見つけられる。

それは他人を通してじゃないとわからない。

客観性はすごく大事。

自分のこと一番知ってるのは自分かもしれないけれども

否定的な部分を受け入れる時には他人を通してじゃなきゃ出来ない。

自分の思いをいかに伝えるか。

どもりは禁物。

どもることイコール考えてない。

正直に言う。

言うことでどんな答えが返ってくるか。

そして言うことで自分にいかにその思いを刻み込ませるか。

考える。考えろ。



sch_uta at 23:52|PermalinkComments(0) 

2010年12月25日

10年後



この曲をこんなに聴くのも今日でおしまい。

10年後今日という日はきっといい思い出。

もちろん今日は最高だった。

sch_uta at 02:51|PermalinkComments(0) 

2010年12月24日

時間という概念は主観的なものだ。

しかし実はそこには様々な次元が存在していて、

その主観性を分け与えているのではないかとさえ考えられる。

反実仮想。

本来は何も無い日であった昨日が、別の次元の自分が過ごす短い一日の短くなった分を受け取っているのではないか。

相対性。

「熱いストーブの上に一分間手を載せてみてください。まるで一時間ぐらいに感じられるでしょう。ところがかわいい女の子と一緒に一時間座っていても、一分間ぐらいにしか感じられない。それが相対性というものです。」

かつて相対性理論を提唱したアインシュタインが言った言葉。

人は相対性の中に生きる。

それは人間の神経がそういう風に出来ているからだけれども、

それは残酷すぎる。

人は時間を上手に過ごせないのだ。

人にとっての時間は有限であり、相対性を持つ。

反実仮想。

もしアインシュタインの言葉が逆だったら。

そう、所詮反実。

人間は与えられた時の中をさらに制約を自ら与えた上で生きていかなければならない。

その分犠牲にしなくてはならないことが増えてくる。

いかに相対性と向かい合うか、犠牲は少ない方がいい。


sch_uta at 09:00|PermalinkComments(0) 
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